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むかしガキ大将といじめられっ娘だった二人が高校生になりました。
※ ※
「っと・・・わりぃ」
「あっいえ・・・・・・・・ぁ」
小さく漏れた呟きに、相手の眠たげな半開きの赤い瞳が少しだけ開いた。
メガネのレンズ越しにも分かるその反応に、パチ恵は二の句が言えなくなった。
そうこうしている内に、パチ恵の腕の中から落ちた紙袋を拾い胸に付き返すと、銀時はさっさと踵を返し廊下を歩いていってしまった。
パチ恵はそのまま銀時の背中を見つめることしかできず、その場に残されたのは寂しさと胸の痛みだけ。
そして昔よりも低くなった銀時の声とたった一言交わした言葉、見上げた彼の表情だけだった。
パチ恵の心の中の銀時は、いつまでも変わらぬ少年の姿である。
廊下の先を歩く今の銀時からはもう、その面影が見つからない。
かろうじて残っているのは、綺麗な銀色の髪とくりんくりんと跳ねる毛先、そしてあの赤い瞳ぐらいである。
あの頃とは比べ物にならない程に背も体格も顔つきも大きく変わった銀時に、廊下で彼とすれ違った女の子達が頬を紅く染めヒソヒソと話していた。
その様子にパチ恵は眼を逸らした。
彼からも、女の子達からも、廊下の窓に映った己の顔からも。
あの女の子達と変わらぬ表情をきっと、自分もしている筈だったからだった。
銀時の低い声とあの赤い瞳だけが、いつまでも身体中をぐるんぐるん往復していた。
肌が熱く火照り、あの時見下ろされた彼の瞳に火傷し瞼に涙が溢れた。
堪らずに腕の中の紙袋をきつく抱きしめ顔を押し付ける。
茶色の紙袋はガサと音をたて、網掛けの赤いマフラーが少しだけ外を覗いた。
□
見慣れた芋お下げとセーラー服の背中を遠くから見つめるのは慣れていた。
季節はずれの赤い糸を手に取るその姿に思わず首を傾げたが、すぐに彼女の性格と不器用さを思い出し理解する。
不器用な手先と作業が遅いくせにいつも丁寧に形を最後まで作る真面目なあの娘のことが、昔から誰よりも愛しいからだった。
赤い毛糸と『初心者の毛糸作り』の本を真剣に見つめる横顔に、(あー誰かに渡すんかな)とぼんやり立ちすくんだと同時に、胸に溢れたのは絶望と失望。
蝉の鳴き声が少しずつ減ってきた季節のことだった。
「っと・・・わりぃ」
「あっいえ・・・・・・・・ぁ」
肩をぶつかった相手から呟かれた声に眼を辿れば、あの娘だった。
少しずれたメガネの奥から覗く大きな黒い瞳に見つめられ、緊張して思わず視線を外してしまった。
彼女の腕の中から落ちた紙袋を拾い押し付けると、大切な宝物のように胸に抱きしめる。
その姿に胸が焼ききれそうになり、耐え切れずにその場からさっさと逃げた。
同じだった目線が下から見上げられるようになった頃から、周りの男たちはエロい眼であの娘を見るようになった。
かくいう己もその一人であることには変わり無く、何気ないささいな仕草一つで男の頭の中はエロい妄想でいっぱいになっているなんて事はあの娘は何も知らないだろう。
友達と話すときの笑顔を見ればその顔中にキスしたいし、華奢な肩の線や丸く柔らかくなった肢体は何度も抱きしめたいと思ったし、それ以上の事だって考えれば考えるほどきりがない。
そのどれもが遠くから見つめることしかできずにいる己には酷く酷な現実で、何一つ行動に移せずにいる己を殴り飛ばしたいし、同じような事を考えている他の男たちはぶっ殺したくなる。
無駄に眼がいい自分を今ほど恨んだことはなかった。
拾った際に少し見えた赤い毛糸のことを、聞けばよかったのだ。
たった一言。
「誰かにあげんの?」って―――。
「・・・・・・てか、それができりゃ苦労してねーっての」
授業に出る気が失せ、屋上の扉を開けると肌を貫く冷たい風と肌寒い空気に身震いした。
天然パーマの毛先を弄ぶ冬の風が、今は丁度良かった。
屋上の開放感とは裏腹に、銀時の視界は見えない壁が立ちふさがっていた。
ただ銀時の心に浮かぶのは
あの赤い毛糸を一生懸命に編む愛しいあの娘の姿だけだった。
※ ※
>>postman お題より
もうすぐクリスマス
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