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スタッカートを刻む乙女心

万事屋銀新♀ シリアス
【い いわゆる青い春というもの】 【簪に挿す乙女心】 の続き、同時刻











※           ※



 地面を蹴り上げる音が、新の簪を揺らした。
 激しい音が鳴り響く。

 研ぎ澄まされた感覚、刃――

 ひたすらに、一途に新の心を振るわせた。







 薄暗い路地裏に声無き助けを求める女性がいた。
 木刀を腰に差していて良かったと、心から新はそう思えた。

 深呼吸を一つ。
 全身に空気を取り入れ、頭の中でシミュレーションを算段して。
 最初の出方を見逃さずに。

 囲う野蛮な浪人風情の男達の何人かは、新の存在に気づいていない。
 その一瞬の隙を無駄にせず、新は木刀を握りしめ躊躇いのない一撃を振りかざし路を開ける。
 
「ぐおおっ!!」
「なんだこの餓鬼ッ!?どこから湧いてきやがった!!」

 迷い無く飛び込んできた新の姿に驚きを隠さずに叫ぶ浪人たちと、涙に濡れた目を大きく見開く女性。
 乱れた衣服を手早く整えて、打撲の跡が残る顔や身体を新は支えて立たせた。
「走れますか?」
 新の柔らかな声が小さく耳元で囁かれ、少年と思っていた子供が少女だと分かり女性はコクコクと慌てて頷いた。
 新は大きな黒い瞳を細め、女性に微笑を向けた。
「私が合図したら、後ろを振り向かずに繁華街の方へ真っ直ぐ走ってください。いいですね?」
 簪を挿したその横顔がまだ幼さを残し、月夜に照らされた少女の姿が眩しかった。

 木刀を構え、佇む新には隙がなく。
 得体の知れない不気味さを感じたのは、新ではなく男達のほうだった。
 
「・・・なんだあの餓鬼」
「いや、まて。あの餓鬼・・・・――――女だ」

 一人の男の言葉に、他の浪人達がニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
 腰に下げていた鞘から錆びついた刀を抜いていく。
 得物を狙う捕食者の眼で笑う浪人たちの空気に、女性はハッと背筋を震わせ新は緊張で息をごくりと飲みより一層木刀を握る両手に力を込めた。

「お嬢ちゃん、いい子だからそんな物騒なモノ仕舞いな?でないとおじちゃん達がおしおきしちゃうよ?」
「イヒッヒッヒ・・・」
  
 この場に居合わせたのは、自分一人だけ。
 意固地にならずに、銀時の言葉に甘えれば良かったと一瞬思い、すぐに心と脳を振るわせる。
 こんな時だからこそ、あの広い大きな背中に甘えてしまう己の弱さを叱責した。

 背中にいる女性の存在が、新を前へ前へと強く向かわせる。
 息を吐き、吸い込む。全身へ、頭の奥まで、心の隅まで――

 柔らかな淡い満月の光を輝かせていた瞳に、グッと力を込めて真っ直ぐ前方の男達へ向けた。

 強い太陽の光りの熱さを束ねた瞳で睨まれ、男達は怯む。連携して囲っていた輪が僅かに乱れ、その瞬間を新は見逃さない。
 女性のか弱い腕を掴み、一気に乱れた隙間に突っ込んだ。
 新の疾走に女性も半場引き摺られる形で、両足を必死に動かし新の背中についてきている。
 目の前から突っ込んでくる女達に驚き動きが遅れた浪人達が気づいた時にはもう、乱れた輪の中を風のように通り抜けていく寸前だった。
 真っ先に錆びついた刀で切りかかるものの、新は木刀で瞬時に叩き落す。
 後ろの女性だけでも掴みかかろうとしていた男の腕も、新の木刀裁きで顔面に叩き込み他の者を巻き込み地面に転がった。
 立ち止まらずに行われたその鮮やかな光景に、男達の中にはひそかに見惚れてしまった者もいる。
 駆け出す足の速度を緩めない。
 すぐに角に曲がり、距離を離す。

 男達の怒声が狭く薄暗い路地裏に響くのを背に、静かな夜に交じるのは薄汚い言葉と数人の走る音。
 確実に自分たちへ迫る音だ。

 新は前の路を女性の腕を掴んだまま走る。
 迷いの無い足は時折、角を曲がった。
 
 見知らぬ土地ではない。万事屋の仕事関連でたまに銀時と神楽でこの状況に似た場面でこういった路を走り抜く経験もあった。まったく褒められない経験ではあるが、それが今役に立っているので、新は些か複雑である。姉には絶対に自慢できない秘かな特技である。
 この先の路がどうなっているのか、考える事を止めない冷静な脳が新へ教えた。
 息をまったく切らしていない新とは正反対に、馴れぬ疾走に息を苦しそうにゼイハアしていた女性へ振り向いた。
 女性を連れての逃走には限界があり、なにより無事に助けてあげたかった。
「この先を真っ直ぐ行って、一つ目の角を曲がったずっと先が繁華街です。後ろを振り向かないでこのまま走ってください」
「・・・でっでも、アナタは!?」
 驚き心配げに顔を上げた女性へ、新はニッコリ笑った。
 可憐な簪が揺れる。

「大丈夫です!私これでも万事屋で腕には自信がありますから!」

 安心させようとする言葉だと分かる。けれど、やせ我慢ではない。新の笑顔にはどこか余裕があるように女性は見えた。心配ではある。できればこのまま、一緒に逃げれないだろうか。けれど、追っ手の怒声が遠くから段々近づいてくるのが否応無しにも聴こえてきて、身震いし焦った。
 先ほど自分を助けてくれた鮮やかな手法を思い出し、新の言葉を信じる。
 後を引かれながらも女性は新に深くお辞儀をし、足がよろめきながらも教えられた路を急いで駆け出した。

 繁華街にでたら、すぐに助けを呼ぼうと――――。  


 女性の背中を見送っていると、遠くの彼方から新の姿を発見した男の声が響いた。
 後からやってくる仲間達にもそれが伝わり、当然新の耳にもすぐに伝わる。
 
 男に姿が見えるように、新は女性の路とは逆の路を曲がった。
 
 このまま巻くことは可能だろうかとも考えるが、圧倒的に相手の人数が多い。しかも何故か数が増えているような気がするのは、どうか己の勘違いであって欲しい。
 浪人達の目標が完全に新に狙いを定めたようで、何人もの足音が背中に迫る。
 この路は、繁華街の明るさとは正反対の静かで人気の無い路である。
 確かに路を選ぶ新に対して、男達は時折迷いながらも人数を増やし新の路にまた戻ってくる。
 浪人達のどこか馴れた感覚に、新は最近聞く事件を思い出し苦い顔をした。
 
 新は逃げる風を装い、わざと袋小路に入り込んだ。
 行き止まりとなってしまった壁を見つめる新に、ようやく追いついた浪人達は可笑しそうに卑俗な笑いや言葉で新をなぞった。
 少年のような出で立ちの少女――。
 ストイックな格好に不自然な簪の存在が、不思議と新の雰囲気に溶け込んでいる。
 小柄な体躯に、地味な眼鏡と短めな黒髪、けれど立ち振る舞いに粗野はなく水の波紋のような透明感が少女を包んでいる。
 幼さを残す容貌となだらかな身体の曲線が、男達の欲を掻きたてた。
 
 けれど、ここで気づけば良かったのだ。
 長くとも短くも無い追いかけっこの末、息を肩から激しく切らし汗だくで佇み錆びついた刃を構えることさえできずにいる男達と、僅かに額から汗を流しながらも息をすでに整え木刀を構える姿に一瞬の隙もない少女の存在に。
 地味な眼鏡のレンズの奥、黒い瞳に宿る侍の眼に。

 柔らかでか細い少女の声が、男達を刺激した。
「おじさん、おじさん、早く私を捕まえて?」

 一人の男が興奮を抑えきれずに考え無しに突進する。
 新は木刀を振るった。







 それから、数分後――。
 今度こそ息を切らした新は、額から垂れる汗を拭った。
「ふぅ・・・」
 この場に立っているのは、少女だけ。
 この場に倒れているのは、男達だけだった。

 木刀に付いてしまった血に気づき、自分はまだまだ未熟だと少し反省した。
 こんな時、銀時の場合は木刀に血は付かない。血が付くよりも木刀で叩き斬る速度が疾いのだ。
 明日からの朝稽古に素振りの回数を増やそうかと、特訓メニューを検討しながら周囲を見渡す。
「・・・・・。」
 ピクリとも動かず白目を剥いて倒れている男達、真剣で斬ったわけでないがそれでも新の木刀捌きには威力が十分に有り、血が地面にこびり付いていたりもするので、今此処に通りすがりの人が見たら完全に殺害現場である。
「・・・どうしようコレ」
 とりあえず、黒服のお巡りさん達に通報しようか。その間、この現場をどうしようかと案じながら袋小路から出た。
 来た路とは反対の先に広がるのは川原と近くに橋が架かっている。
 いつかの紅桜の事件の際に遭遇した橋は此処ではないが近い。その時の記憶が蘇り、少しの合間だけ別の想いに耽った。
 僅かの合間、ほんの一時。
 新は無防備だった。
 侍でなく、ただの少女に戻っていた。
 短い黒髪に挿した華の簪が、月の光に照らされ小さく光り輝いた。

 その輝きは、地面に伏していた一人の男の目の焦点にくっきり合わさった。
 
 残った力で懐を探り、貪欲で不気味に黒く光る拳銃を取り出す。
 目の前の光りだけを目標に、震える手で標準を合し引き金に指を掛けた。
 男の眼には新の姿は映っていない。ただ、月の光で照らされた簪の輝きだけしか見えなかった。
 
――引き金を引いた。
 
  
 弾丸が発射した。目の前の光りだけを狙って。

「新ンンンンンンッ!!!伏せろオオオオオオオッッッ!!!」

 聞き馴れたバイク音に、想い耽る男の声が遠くから響く。
 振り返るよりも真っ先に、身体が反射した。
 甲高い雷音が、耳の真横を通過したのが分かった。

 そして、同時に金属音が弾かれた様な音も確かに新はこの耳に聴いていた。

 地面の砂で頬や袴が汚れたが、伏せた身体のまま顔を上げ宙に舞う簪を眼で必死に追った。
 一瞬一瞬が写真のモノローグとなり、ゆっくりと簪は川に落ちた。
 口は「あ」の形で作ったまま。
 伸ばした手は、届く筈も無い。

 見間違いであってほしくて、キンキン鳴り響く耳近くに手で触れる。
 掌に引っかかる筈だった感触は、当然無かった。

 呆然と座り込む新の背中に、二発目の雷音は鳴り響かなかった。
 猛スピードで原付バイクを走らせて来た銀時によって、男は今度こそ地面に叩き潰された。
「新ッ!!おいッ新!?大丈夫かよオイ!!?」 
 銀時が新を呼ぶ。
 けれど、新は答えられない。


 
 命が助かった事よりも、愛しい男の声に反応するよりも、ただ呆然と座り込んだ。
 新は迷子の幼子のような表情で歪ませた。
 消えてしまった簪の輝きが、眼に、頭に、心にこびり付いて放れない。

 新は心を振るわせた。

 ひたすらに、一途に新の心を振るわせた。













※           ※
>>postman お題より
・・・終わらなかったよ新八ママぁ

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