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万事屋銀新♀ 神楽
※ ※
『ホワイトデー』って、何の日?
バレンタインで女から男へ贈ったモノを、お返しする日とか
姉御曰く“お礼三倍返し”の日とか意味は色々あるらしい。
ちなみに私は銀ちゃんから酢昆布三倍返で貰った。
そもそもホワイトデーと云うのは日本のお菓子業者がバレンタインデーのお返しバージョンとして都合良く作ってしまったものらしい。
この国には元々、贈られた物を律儀にお返しする習慣があった為に今ではすっかり定着してしまった。
「勝手なモンだよなまったく」と、銀ちゃんは他人事のようにぼやいていた。
そんな銀ちゃんが三十路前の今になって、この日がどんなに男にとってプレッシャーのかかる日なのだということを身を持って知ることになる。
□
商店街の中に一つの本屋さんがある。
前にさっちゃんの忍者修行でも使われた場所だ。
私は今、その本屋さんからもアソコで立ち読みしている白モジャ頭の天パからも姿が見えない電柱の影にいる。
奴が真剣に読み耽っているのは、“ホワイトデー特集”とデカデカ表紙に書かれた週刊雑誌である。
あの天パは数日前からあのような行動しては、溜息をついているのだ。
大方、女性がホワイトデーのお返しを貰って嬉しいランキングの上位に並ぶ品々の価格を知っては、己の懐の寂しさにションボリ落ち込んでいるのであろう。
その様はなんだか憐れというか、可哀想な生き物みたいな感じだが、私はご立腹である。
私へのお返しは酢昆布で相場は簡単に決まっているくせに、肝心のもう一人へのお返しにそこまで悩むことなのだろうか。
この差は一体何なのか。
つーか、前から思っていたけど銀ちゃんは新に夢見すぎてるんじゃないだろうか。
新はお前がそこまで頭を悩ませる位の女じゃないぞ。
現実を見ろ、目を覚ませ。
現に今、お前は新から糖分一日一個から三日に一個に禁止されているじゃないか。
まぁ、隠れて糖分過剰摂取していた銀ちゃんの自業自得だけど。
おおっと!ターゲットが動き出しだぞ!
・・・一体、どこへ――――
フラフラ歩いていた銀ちゃんはやがて、一つの店に立ち止まった。
黒と赤を色調に洒落た和のインテリアで外装された小さな店内には、女性用の扇子や鞄、髪飾りなどの小道具が置いてあり、それら一つ一つがどれもワンランク上のちょっと高そうな雰囲気のデザインである。
店前で立ち止まった銀ちゃんは、シューウィンドに飾られてある一つの簪に魅入っていた。
私の位置からはよく見えないが、あまり飾りっ気のないお華のシンプルな簪のように思われる。
銀ちゃんはしばしそれを見ていたが、やがて決心したかのように店内に入っていた。
「・・・おいおいそりゃあないぜハニー」
あの男の意外な選択に、私の脳内はすっかり痺れた。
□
銀ちゃんの選んだ簪はきっと某ダメガネ宛てだと考えてるのが妥当である。
簪を見ながらきっと銀ちゃんは脳内で、その簪を髪につけた新を妄想していたに違いない。
あまりデッカイ大輪の華というイメージよりも、道端に咲いているようなちっこい花とか健気に咲いてる雑草臭い感じが新っぽいし。
あの銀ちゃんが選んだ物にしては案外ポイント高いと思う。
けれど、私は昨今のホワイトデー特集のもう一つのランキングの事が頭から離れないでいた。
――それは、“貰って困る物ランキング”という女の本音の詰ったリアル事情である。
上等なお菓子や指輪、アクセサリーなどセンスの良い品が喜ばれる一方で、実は貰って困る物ランキングには毎年上位に香水やアクセサリーや女性用の小物などが入っているのだ。
本命や夫から貰えた時は確かに嬉しいし感激するけれど、その反面に趣味じゃないデザインや香りだった場合は身につける回数がたったの一回だけとか、最悪ほこり被って引き出しに眠ったままで終わってしまう結末が多いのが現状である。
男から見ればめんどくさい性質かもしれないが、女にとってはファッションに関わる命に関わる重大な事である。
最悪、男の趣味で選んだ品が女から見れば「もっとおしゃれしろってことかよ」などと誤解を産みかねない。
それを踏まえて、改めて考え直すと銀ちゃんの選んだあの簪。――果して、どうなのか。
普段の新を思い浮かべてみよう。
アイツは地味なメガネに、男物の袴を好んで身につけているダメガネである。
女らしい着物とか髪飾りをつけたりもするが、それはごくたまにしか着ることは無い。
新のサラサラな短髪には、簪を挿すにはいささか髪の長さが足りない気がした。
本当に、これで良かったのか。
グチグチ毒づいているが、私はただ心配だった。
銀ちゃんからの贈り物なら、例えどんな物であろうと新はきっと喜んでくれる。
でも、もしも―――もしも、一瞬でもその笑顔が曇るものなら。
銀ちゃんがそれに傷ついてしまうことがあったならば。
私もきっと、それが悲しいのだ。
そんな私の想いとは裏腹に、店から出てきた奴はあの簪をやっぱり手にしていた。
――と、いうか包装もせずにそのまま手に持っていた。
「・・・・・・」
きっと、店員のおねーさんに「贈り物用ですか?」と聞かれて、恥ずかしくって照れくさくって奴は思わず「あ、そのまんまでいいです」なんて、言っちゃったに違いない。
シャイなあんちきしょーの銀ちゃんらしいと思った。
けれど、私は地面に両手をついて深く項垂れてしまったのだった。
□
それから数日後、奴はとうとう行動に移した。
人気のない寂れた神社に新を連れて来たのだ。
「うわぁー見てくださいよ銀さん!綺麗ですねーっ」
新の高い澄んだ声が銀ちゃんを呼んだ。
そこの神社には、早咲きの桜が咲いていたのだ。
淡い桃色と白色の花びらが、緩やかな風に吹かれ舞い落ちて、新は両手を一杯に広げながら嬉しそうに微笑んでいる。
小柄な新はつま先立ちで桜の木に向かって背伸びしているが、それでも立派な桜の木には敵わない。
その光景に、銀ちゃんは「・・・そうだなぁ」なんて、木陰から覗いている私と定春の方が口から砂糖を吐き出したくなるようなキモい顔をしていた。
何この胸の中の黒いモヤモヤ。
あのモジャモジャ、全部毟り取ってやりたい。
喉の痒みに耐えながら、そう思っていたとき―――。
「おーい新、オメェの頭今花びらだらけで大変なことになってんぞ」
「えっまじですか!?ちょっ、とってくださいよ銀さん」
銀ちゃんの指摘に恥ずかしそうに頬を染めて焦る新は、黒髪にくっついている桜の花びらをとろうとした。
新の傍まで来た銀ちゃんは、そのまま自然な仕草で新の頭に手を添えたが。
花びらを取っていく一方で、銀ちゃんは新の左耳に掛かる髪を黒いピンで留めて
―――そして。
懐に大事に仕舞っていたあの小さな華の簪を、スッ――と挿した。
新がソレに気づき、頭を上げた瞬間に左耳に掛かるように咲く小さな華も少し揺れる。
大きな丸っこい黒い瞳をさらに大きくする新の姿を、銀ちゃんはもう見ていなかった。
「わりっ。なんかデカくって、とれねーわ」
悪気のない飄々とした言い回しの裏で、モジャモジャの後ろ髪をガシガシ掻く仕草がどこか照れているように見える。
残念ながら、私の位置からも新からも銀ちゃんの顔は見えなかった。
そのまま神社の賽銭箱のほうまでスタスタ歩いていってしまう銀ちゃんの後ろで、新はまだ呆然と立ちすくんでいる。
予想外な銀ちゃんの行動に、まったく頭が付いていっていないようだった。
それはそうだろうと秘かに同情する。
ぼんやりと、左耳のお華に手でその感触を確かめる新。
ゆっくりと、顔を桜桃のように徐々に色づけていった。
驚きで開けっ放しの口は、ゆっくりと我慢できないと言わんばかりに笑みを深くしていく。
そして、笑った。
誰にも見られない、誰にも見せたことの無い、誰も見たことのない。
そんな嬉しい、嬉しい、嬉しい笑顔。
あの簪の華にも負けないくらいの、可憐な笑顔。
舞い落ちる桜の花びらが、新の笑顔をさらに美しく咲かせている。
―――なんて、もったいない。
銀ちゃん今すぐ振り向けよ。こんな笑顔を見ないなんて、バカだろうオマエ。
私のモヤモヤはゆっくりと、確実に新の笑顔で溶けていった。
何をごちゃごちゃ悩んでいたんだろう。
握りしめていたあの雑誌の記事に、息を吐く。
一番大切なことは、ちゃんとあるじゃないか。
人がどうこうよりも、なによりも笑顔が一番重要なのだ。
なんて簡単なのだ。
人が本当に、心底嬉しい幸せな笑顔をした時
どんな定則も、世界の法則さえも覆す威力を発揮し結果をもたらす事を知った。
気づけば、新の笑顔に私も笑っていた。
定春も嬉しそうに尻尾を振っている。
嬉しくって、腹の中が暖かい。
今すぐ飛び出していって、定春と一緒にあの桜の木の周りを走りたい。
あの二人の周りを走りたい。
でも今は我慢、我慢、我慢・・・・
「つーか、おめーらもお参りしろコノヤロー」
「神楽ちゃーんっ定春ーっおいでー!」
・・・・我慢、我慢、我慢・・・って、アレ?
一体、いつからバレていたのだろう。
私は悔しいのと恥ずかしい気持ちを知られないように、銀ちゃんの背中に定春と一緒に跳び蹴りを食らわした。
銀ちゃんの簪を挿した新が、笑顔で花と華を咲かす。
――ああ、なんて素晴らしい!
ホワイトデーって、笑顔の日なのね
※ ※
>>postman お題より
簪って色んな形があるんですね
着地点ってどこだっけ
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